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東京地方裁判所 平成6年(ワ)14537号 判決 1994年10月20日

主文

一  被告は、原告に対して、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

二  被告は、原告に対して、平成六年三月一日から前項の建物の明渡済みに至るまで一か月金一六〇万一六〇〇円の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告に対して、金一一六九万六五八三円及びこれに対する平成六年八月二日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、被告の負担とする。

六  この判決は、第一項ないし第三項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

一  請求

1  主文第一、第二項及び第五項と同旨の判決

2  被告は、原告に対して、一四五三万四五二三円及びこれに対する平成六年八月二日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

3  仮執行宣言

二  事案の概要及び争点

1  本件は、賃料減額請求をしたとして減額した賃料の支払を続ける賃借人(被告)に対して、賃料の不払及び信頼関係の破壊を理由として賃貸借契約を解除したとする建物賃貸人(原告)が建物の明渡し並びに右明渡しまでの賃料相当額の損害金及び滞納賃料の支払を求めるものである。

2  本件の争点は、被告に賃料の不払があったかどうか及び信頼関係の破壊があったかどうかである。

二  事実関係

次の事実は当事者間に争いがないか、証拠によって容易に認定することができる。

1  原告は、被告に対して、平成三年三月一日、別紙物件目録記載の建物(一五一・二七平方メートル(四五・七六坪)。以下「本件建物」という。)を、期間を同日から平成五年二月二八日まで、賃料月額を一七三万八八八〇円(坪当たり三万八〇〇〇円)、共益費用月額を一八万三〇四〇円(坪当たり四〇〇〇円)として、貸し渡した。

2  平成四年末ころ、原告は被告に対して平成五年三月一日以降の賃貸借契約の継続に関して、従前賃料を据え置き、共益費を坪当たり四二〇〇円に増額する旨の申し出をした。その後、被告は、むしろ賃料等を減額すべき旨の連絡をした。そして、原告は、平成五年一月二九日、被告に対して、同年三月一日以降の本件建物の賃料月額を坪当たり三万五〇〇〇円に減額し、共益費用月額を坪当たり四二〇〇円に増額することを申し入れた。

3  平成五年三月一日、被告は原告に対して、同年三月一日以降の本件建物の賃料月額は坪当たり一万五〇〇〇円、共益費用月額は坪当たり三五〇〇円が相当である旨の申し出をし、原告の考える相当の金額を支払う用意があるとしながら、毎月の原告の請求にかかわらず、以後、右金額の支払を開始した。

4  被告は、本件建物を含む一棟の建物の一階玄関に各居室の看板を掲示していたが(有料)、平成五年四月三〇日、看板は不要であるとして、以後、その料金を支払わない。

なお、被告は、同年五月一九日付け書面をもって、賃料の対象期間を六カ月とすることを提案し、原告の意見を求めると共に、看板掲載は本件契約に含まれないと考えられること及び看板掲載契約の内容及び解約手続を問い合わせる書面を原告に送付した。

5  平成六年一月一日、被告は原告に対して、同年一月一日以降の本件建物の賃料月額を坪当たり一万〇〇〇〇円に改定するとの申し出をし、以後、本件建物の賃料として四五万七六〇〇円(消費税を含めた月額四七万一三二八円)のみを支払っている。

なお、この際、被告は共益費についても二〇〇〇円に減額し、その後はこの金額の支払をするようになったことが伺われるが、原告はこの事実を主張していないので、判決の基礎とすることはできない。

6  原告は、被告に対して、平成五年三月以降も毎月、原告主張の賃料を支払うよう催告を続けてきている。

7  原告は、被告に対して、賃料の不払及び信頼関係の破壊を理由として、平成六年二月二二日到達の書面をもって、本件建物の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

8  被告は原告に対して、平成六年二月二八日付け書簡をもって、本件では賃料改定の合意が成立していないので被告が相当と考える金額を振込支払いしていること、原告が相当と考える金額を支払う用意があること、請求書の根拠が不明であること等を連絡し、同年三月一七日付け書簡をもって、本件賃貸借が法定更新によって期間の定めのないものとなったことから、賃料の対象期間を限定すべき旨を連絡した。

三  争点に関する判断

1  賃貸借とは、貸主が借主に対して目的物の使用収益をなさしめ、借主においてその対価を支払う契約であり、右対価、すなわち賃料は、当事者間の合意によって定められる。ところが、不動産の賃貸借においては、その期間が長期に及びその間の経済事情等に照らして賃料が不相当となる場合がある。そこで、建物の賃貸借においてその賃料が不相当となったときは、当事者は、将来に向かって、その増額又は減額を請求することができ、当事者間に賃料額について協議が調わなかったときは、調停によるほか、裁判によってその額の確定を求めることができるものとされている。そして、右増額又は減額の請求は形成権として理解されているから、右請求時から右増減額に係る賃料の支払義務が生ずることになるが、その額が確定するまでの間の賃料額を未確定として扱うことはできないので、右賃料額の確定があるまでの期間においては、増額請求については賃借人において相当と認める額の借賃を支払えば、賃料不払の責を免れ、賃料額が右支払額よりも高額で確定した場合において、増額請求時からの不足額に年一割の利息を付して支払うこととされている。他方、減額の請求については賃貸人において相当と認める額の借賃の支払を請求することができ(右請求金額の支払義務があることを擬制し)、賃料額が右支払額よりも低額で確定した場合において、減額請求時からの超過額に年一割の利息を付して返還するとされている(以上、借地借家法三二条、旧借家法七条)。そして、右増減額請求における賃借人又は賃貸人が「相当と認める額」とは、社会通念上著しく合理性を欠かない限り賃借人又は賃貸人において主観的に相当と判断した額をいうのであって、その根拠、当否はその後の調停、裁判において判断されるものであるから、「相当と認める額」の根拠を示す必要はない。そして、「相当と認める額」の合理性については、賃料が本来当事者間の合意によって決せられることから、特段の事情がない限り、従前賃料額であれば合理性を有するものと解される。

また、賃料の増減額の請求は、賃料据置期間の合意がない限り、賃料が不相当となったときにすることができるのであって、賃貸借期間に拘束されるものではなく、増減額の協議、調停又は裁判によって賃料額が変更された後に増減額を正当とする事態が生じたときは、その時から将来に向かって増減額の請求をすべきものであるから、法定更新によって賃貸借期間の定めがなくなったとしても、賃料の対象期間を定めなければ増減額請求時における相当賃料額を確定するための協議ができないというものではない。

2  ところで、被告が平成五年三月一日に行った賃料減額の申し出及び平成六年一月一日に行った減額改定の申し出は、いずれも賃料の減額請求と解することができる。したがって、減額を請求する被告としては、減額請求の根拠を示して原告の同意を求め(協議)、右同意が得られないときは、調停、裁判の手続によって賃料額の確定を求めるべきものであるから、右減額についての協議、調停の成立あるいは減額の裁判が確定していない本件においては、原告において相当として請求してくる賃料を支払うべきである。

そして、賃貸人が「相当と認める額」を請求するのに法律の条文を挙示し、その理由を開示する必要はないところ、原告は、平成五年三月一日以降、被告に対して、本件建物の賃料月額を従前賃料よりも減額した坪当たり三万五〇〇〇円として請求しているのであるから、原告の請求は「賃貸人において相当と認める額」の適法な請求というべきである。

3  そして、平成五年三月一日以降の賃料は、坪当たり三万五〇〇〇円とすると月額一六〇万一六〇〇円となり、被告の支払額との月差額は九一万五二〇〇円となるから、同日から同年一二月末日までの未払賃料は九一五万二〇〇〇円、平成六年一月一日から同年二月末日までの被告の支払額との月差額は一一四万四〇〇〇円となるから、右期間の未払賃料等(同月二三日から二八日までは賃料相当額の損害金)は二二八万八〇〇〇円となり、平成五年三月一日から同年二月末日までの未払額の総額は一一四四万〇〇〇〇円となる。

なお、共益費とは一般的には賃貸の目的建物が区分所有建物である場合に当該建物を含む建物を統一的に管理することに伴う費用(準委任契約に基づいて支払義務が生ずる金員)であると解されるから、当事者に合意が成立した後はそれと異なる新たな合意が成立するまで、右合意に係る金額が当事者を拘束するものというべきである。

そして、本件においては共益費については、坪当たり四二〇〇円へ増額する旨の合意は成立していないから、従前合意に係る坪当たり四〇〇〇円をもって計算すると、被告が支払った共益費との差額は一月当たり二万二八八〇円であるから平成五年三月一日から平成六年二月二二日までの滞納共益費(契約解除以降に約定共益費を請求する根拠は示されていない。)は、二五万六五八三円となる。

したがって、被告の平成六年二月末日までの滞納賃料及び滞納共益費は合計一一六九万六五八三円となる。

なお、本件建物は事務所用建物と解され、本件建物賃料等が消費税の対象となり、これに相当する金額の支払義務が生ずることについては被告も争っていないものと解されるが、消費税に相当する金員を請求する旨の主張はないから、滞納金額の算定においてはこれを考慮することはできない。

4  結局、被告は、賃料の減額請求が形成権であることからその確定手続を待たずに減額賃料が契約の内容として当事者を拘束し、原告の請求は原告において相当と認める金額の請求ではなく、賃料額の協議には対象期間の限定が必要であるという、独自の見解に立って、賃料の支払を拒んできたものというほかなく、既にその金額が3に認定した金額に達することを考慮すると、原告が主張するその余の信頼関係破壊の事実を論ずるまでもなく、被告の賃料不払を理由とする解除は有効というべきである。

三  右によれば、原告の請求は理由があるので認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富越和厚)

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